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この市電保存館は、明治37年に神奈川〜大江橋間を初めて「ツノつき電車」と言われた市電が走ってから、昭和47年3月に全廃されるまでのおよそ70年間、浜っ子の喜びや悲しみを乗せて走り続けた姿を永久に保存するため昭和48年8月に開館しました。
その後、建物を改築し昭和58年8月から従前の市電7両や部品、記念物などの展示物に加え、新たに「鉄道模型コーナー」を設け精巧な模型車輌多数を展示すると共にその一部を毎日運転して、市電を知らない世代の方々にも楽しみながらご覧いただけるようにしました。更に、市電が活躍した時代を映像や音声により再現し、まるでタイムスリップしたような臨場感をかもしだすような工夫や車椅子で車内に入れるスロープを設けるなど多くの施設改善を行い、一層魅力的で喜んでいただける施設として平成15年1月18日にリニューアルオープンしました。
入り口で入場券を購入して、いざ入ってみよう。
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| 親切なスタッフがおまちしています。 |
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売店では、市電保存館のオリジナルグッズも取りそろえています。 |
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| 当時の「市電乗換券」など貴重な展示物も豊富! |
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市電開通以来の当時の映像が見れる「ムービーコーナー」 |
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| 入口全体が、市電の歴史が学べる年表になっています。 |
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市電の電柱に付いていた「ポールトップ」も展示しています。 |
このポールは、1928(昭和3)年の横浜市電生麦線開業時に建てられた架線用のポールです。 かつては、市電沿線に列をなして建てられていました。横浜の市電は、1904(明治37)年に横浜電気鉄道(株)によって発足しましたが、1921(大正10)年に横浜市が買収して市電となりました。
横浜の市電の最盛期は昭和30年代で、路線長は50キロを越えていました。しかし、自動車交通の波にのまれ1972(昭和47)年3月31日限りで横浜からその姿を消してしまいました。その後市電の線路は道路となり、架線用ポールも道路整備や腐食のために撤去されていきました。
このポールは、神奈川新町の国道15号線の歩道上に奇跡的に残った最後のポールです。このたび道路整備のため撤去されることになったので、記念に保存するため横浜市電保存館に移設しました。なお、撤去されたのは2007(平成19)年6月3日で、高さは地上から7.3mあります。
先端のねぎぼうずみたいなポールトップは鉄製の飾りもので、いくつかの型があります。市電保存館の館内に展示されています。社営時代から取り付けられていました。
このポールの下の部分に穴があいていますが、戦時下の1945(昭和20)年5月29日の横浜大空襲で受けた被弾の跡といわれています。
2007(平成19)年7月
横浜市電保存館
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